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バイオレットダイヤと『失われた時を求めて』と『ヒカルの碁』
『失われた時を求めて』
翡翠の指輪を目にすると、子どもたちの負担にならないように仕事を持たなくちゃいけないと思った遠い日が蘇ります。相思相愛だったはずの子どもたちが、母よりも友達との時間を大切にするようになったのに気づいた若かりし日が懐かしく思い出されるのです。
父母に買ってもらった真珠のセットを手にすると、今は亡き父母との様々な出来事が思い出されて、切なくなってしまいます。
プルーストの『失われた時を求めて』の中でも、主人公が紅茶に浸した小さなマドレーヌを口にしたのをきっかけに、その味覚から幼少期に家族で夏の休暇を過ごした記憶が蘇ってくる場面がありました。
「無意識的な記憶」の感覚です。意図しないのに、何かをきっかけに、昔の記憶が蘇ることがあります。失われた時を愛しく思う感覚、きっと、あなたもご経験なさっていらっしゃることと思います。
『バイオレットダイヤ』は、カラーダイヤの虹のジュエリーを作りたいと思い立った、15、6年前から、なかなか見つけられませんでした。ラウンドブリリアントで集めていたリングの方は、諦めて、ファンシーバイオレットグレーに妥協しました。
ペンダントの方は、 ファンシーグレーバイオレットが見つかりはしたものの、他の6つのルースのようにマーキースに揃えることは叶いませんでした。お値段的には今とは比べものにならないほどリーズナブルではありましたが、当時から、なかなか見つからないお色でした。
虹のジュエリーを諦められずに、探し続けたバイオレットダイヤです。なかなか見つからないからこそ、尚のこと気になって、手にしたいという思いが強くなっていたことが、妙に懐かしく思い出されました。
そして今、アーガイル閉山のために、益々目にすることが少なくなってしまったバイオレットダイヤを思います。アーガイルでしか採れていなかったバイオレットダイヤは、これからはもう出会えなくなってしまうかもしれないと思うと寂しいかぎりです。
今、わずかに目にしている、思いの外高価になってしまったバイオレットダイヤたち。流石に今のお値段でお迎えする勇気が持てないでいる私。何年か、何十年か先に、何かの拍子に、ふと、この今を思い出す時、どのように感じているものか気になっています。
『ヒカルの碁』(最終巻23巻)
最終回(第189局「あなたに呼びかけている」)での、ヒカルの台詞、なぜ碁を打つか?の問いに対する答え、「遠い過去と遠い未来をつなげるために」
その時、ふと思ったのです。宝石も全く同じなのではないかしらと。「気の遠くなるほどの遠い過去と、遙かなる未来をつなげるために、今、宝石を手にしている、お預かりしている」
ちょっと、大げさに聞こえますでしょうか。悠久の歴史の中では、ほんの一瞬でしかない私の生の時間ですが、宝石を通して、永遠につながっていけるのかもしれないと、何とはなしに感じたのでした。